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本当の愛と未熟な愛の違いとは?愛されたい人は注目!

スピリチュアルでは愛は2種類に分けられると考えられています。

1.自己中心的で未熟な利己愛
利己愛とは見返りを求める愛です。
「私はこれだけあなたを愛しているのだから、あなたも私を愛しなさいよ。」これは自己中心的な未熟な愛です。

2.見返りを求めない本当の愛
見返りを求めないのが本当の愛です。私達の魂は大我の愛を目指しています。

スピリチュアルで言う愛とは、上記の2種類に分けられていて、前者の自己中心的な愛から見返りを求めない愛を持つ為に、この世で様々な経験をしています。

誰もが自己中心的な愛に支配されていますが、いろいろな経験を経て、見ず知らずの人へ思いやりが持てるようになるのは、人のの気持ちがわかるようになり見返りを求めない愛が芽生えているからだと思います。

この記事では未熟な愛と本当の愛の違いについてお話をさせて頂きます。

本当の愛と未熟な愛の違いとは?パート1

【本当の愛と未熟な愛の違い・恋愛】

あなたに交際している相手がいたとします。

あなたは相手の事がとても好きです。

一緒にいる時は、嫌な事も忘れられるし、ずっと一緒に居て将来結婚したいと思っていました。

交際は順調に進んでいるかと思われたある日、相手から別れ話を持ちかけられました。

どうやら他に好きな人ができたようです。

あなたならどうしますか?

1.私は好きだから別れるなんて絶対にできない。「どれだけあなたに尽くしてきたと思っているの!」と意地でも別れない姿勢を示す。

2.本心を言えば別れたくない、でも相手が他の人との幸せを望んでいるなら仕方がないと、相手の意思を尊重して別れを選ぶ。

1番の好きだから別れたくないと言うのは、エゴです。相手が別れを望んでいるにも関わらずそれにしがみつくのは、自分が可愛いからではないでしょうか。相手と別れた事で自分が惨めな思いをしたり、寂しい思いをするのが「嫌」というエゴを強く持っています。

本当に相手を愛しているなら、相手の望んでいる事を尊重する2番の選択になります。2番はエゴではありません。本当の愛とは自分が主体ではなく相手を主体に考える事です。

【本当の愛と未熟な愛の違い・善意】
目の前に歩いてる人のポケットから財布が落ちました。

あなたは親切に声をかけます。

「すいませーん。財布落としましたよ」

すると相手は

「ありがとうございます!」と言いました。

その後の展開は?

1.「親切に教えてやったんだから少しくらいお礼くださいよ〜」と見返りを求める。

2.「気をつけてくださいね。それじゃ」と見返りを求めずに立ち去る。

1は、損得感情で動いた未熟な愛。
2は、本当の愛と言えるでしょう。

本当の愛か未熟な愛か迷うケース・お金

本当の愛か未熟な愛か迷う事もあります。

例としてあげさせて頂くのはお金の貸し借り。

もしも身近な人から「無利息でお金を貸してほしい」と言われた場合、貸す事が本当の愛で、貸さない事はケチで未熟な愛なのでしょうか。

この場合、お金を貸しても何の得もありませんので、貸す事が本当の愛のようにも思います。

しかし、ここでの問題はお金を貸す事が果たして本当に借りる人にとって良い事か悪い事かを判断しなければなりません。

貸したお金がギャンブルで消えるなら、貸さない方が相手の為になります。この場合、貸さない事を未熟な愛とは言いいません。

大切なのは相手を思って判断しているかどうかです。もしも相手を思って断るなら本当の愛です。

もしも「お金は貸さない」と断ってケチだと思われたり「嫌われたくない」と思うのであれば、それは自分を良く見せたいというエゴの現れ…貸したお金が返ってこない事に悶々としてしまうなら、貸した時に良いように思われたかったエゴがあったのではないでしょうか。

もしもお金を貸す場合は、あげたも同然で貸さなければなりません。返ってこない事を受け入れられないなら、始めから貸さないほうが双方の為です。

「金を貸せば金も友も失う」という言葉があります。お金の貸し借りには十分気をつけましょう。

本当の愛に目覚めるために

私達がこの世を生きている意味の真の目的は、未熟な愛から本当の愛が持てるようになるためです。

いろいろな喜怒哀楽を経験して、本当の愛を持てる人(魂)に成長していくプログラムは誰もが持っています。

見返りを求めない本当の愛を持つ為には、日々の暮らしの中で、これは利己愛か?見返りを求めない本当の愛か?自問自答する事を心がけなければなりません。

私もまだまだエゴの塊ですが、見返りを求めない本当の愛が持てるように精進したいと思います。

本当の愛と未熟な愛の違いとは?パート2

人から愛されない人は薄情な人が多いのです。

あなたがもし「愛されない」と思っているなら、そんなあなたは人に愛情をかけていますか?

人から愛されるためには、まずは自分から愛情をかけることをしなければなりません。愛情をかけた分だけ、愛情をかけられるという因果の法則が働いているからです。

かつての私は今よりももっと自分さえ良ければ良いという思いが強く、薄情な人だったと思います。

愛情がないゆえに不幸だった私は、人に愛情をかけないと不幸になる事に実感しています。

愛情は与えるから返ってくる、与えなければ返って来ない。因果応報で当然の事です。

例えば、自分へのご褒美を我慢して愛する人にプレゼントしたり、自分が食べたい物を我慢して子供達に食べさせてあげるなど、自分を犠牲にしてまで他者に愛情を注ぐ親の愛が本当の愛であり、何事にも代えがたい尊いものです。

しかし、その愛情も想いが強いあまりに押し売りになる事があります。

愛情の押し売りは本当の愛ではなく未熟な愛の現れ

愛情の押し売りとは、一言で言えば「これだけやってあげたのだから、あなたはそれに応えなさいよ!」これは、本当の愛ではなくエゴを押し付けている未熟な愛です。

「こうしたほうが良い!」と思うからといって、相手の立場や状況、相手の想いなどを考えず闇雲に事を進めたり、強引に物事を進めようとしていませんか?

それではいくら相手の為を想っても、愛情とは受け取られずに、おせっかいの押し売りだと思われてしまいます。

いくら「こうしたほうが良い」という想いがあったとしても、相手が納得していないなら、せっかくの愛情も空回りしてしまいます。感謝もされないし、逆に迷惑がられて反発を買う事もあります。

愛情の押し売りにならない為には、見返りを求めない本当の愛でなければなりません。

ご相談を受ける中で、親族間の悩みも後を絶ちません。

家族内の人間関係問題、パートナーへの不満、お子様の将来の心配などの悩みを抱えている方は大勢おられます。

例をあげてみますが
「私は子供の将来を想って口うるさく言うのですが、どうして子供に親の想いが伝わらないのでしょうか?」と頭を抱えておられる親御様も少なくありません。

お子様の将来を想って口うるさくなる気持ちはわかりますが、純粋にそれだけでしょうか?

一見、お子様を想う気持ちが100%に見えますが、心の奥底には、自分が思う理想の道を歩かせたいというエゴがあるのではないでしょうか?

子供に一流大学を卒業させ、一流企業に就職させる為には「思い通りに動いてもらわないと困る」といった理想を子供に押し付ける親御様は少なくありません。

「それもこれも子供を想っての事!」という想いの中に、子供の気持ちを無視した親のエゴ(未熟な愛)が見えます。

子供の人生は子供のもので、親のものではありません。親の理想と違う生き方をするのが課題になっているかもしれません。苦労は魂を成長させるので、親の言う事を聞かないで苦労をする事も必要です。

言って聞かせる事は大切ですが、それを押し付けるのは、お子様の意思を尊重していないエゴ(未熟な愛)になります。仮に思い通りにならなくても、それがその子の人生で歩む道だと思います。

本当の愛と未熟な愛の違い・お金の貸し借り実話

かつての私の事ですが、お付き合いしていた女性にお金を貸した事があります。

その女性は、3回に渡り私から25万円を借りました。

当時の私は貯金が0どころか、借金のある身で貸せるお金など持っていません。お金を捻出する為に、消費者金融からお金を借りていました。

普通に考えれば、できもしない事なら断るべきですが、どうしてそこまでして貸したのか?その動機が問題です。

女性が初めてお金を借してほしいと言ってきた時、「明日、借金の返済日なのにお金がない、返さないと大変な事になる!」と私に泣きついてきました。

給料日に返す約束で、私は数万円を貸しました。

貸したお金を返してもらう前に、また別の借り入れ返済期限が迫っているという理由でお金を貸してほしいと言われ、数万円を貸しました。

全くお金を返してもらっていないのにも関わらず、彼女の給料日には、またお金を貸してほしいと言われたのです。

理由を聞くと、「手渡しでもらった給料袋ごと失くして生活費がない」との事…

私はその給料でお金を返してもらう予定だったのに、失くした上にさらに貸してほしいと…

さすがの私も「これはおかしい …」と思いました。しかし「これが最後だよ」と言い、貸す事にしました。

貸したお金を少しずつでも返すと言っていた彼女は一銭も返しません。

数日後、それどころかさらに「お金を貸して」と言ってくる始末…

彼女に貸す為に借りた消費者金融からの借金が25万円になり、さすがにもう貸せないと断りました。

すると「冷めたから別れて」と言われ、彼女は音信不通になり消息不明となりました。

私はお金を貸す時に、建前上は彼女を想って貸してあげました。しかし、そこにはエゴもあります。

「お金を貸して優位に立ちたい」「頼り甲斐があると思われたい」など、下心があったのです。

「これだけしてやってやったのだから、俺に尽せよ!」的な恩着せがましい思いがあったのも事実です。

彼女は始めから騙すつもりで私に近づき、私はお金を貸す事で彼女を支配しようとした。

そんな2人の波長で引き合ってできたご縁でした。

騙す方も悪いですが、騙された私も悪いのです…

騙されたのは情けないですが、今思えば当時の自分がそれだけ利己的な未熟な愛しか知らない事を知らしめる出来事で、本当に良い勉強になりました。

私のように詐欺に引っかかるのも、見返りを求める何かがあるから足元をすくわれるのです。見返りを求めなければ、お金を貸さなかったでしょう。

私から逃げていった彼女はまた次の男性を騙すでしょう。彼女の更生を願い、お金を貸さない事のほうが本当の愛だったと思います。

見返りを求める事で足元をすくわれないように皆様はお気をつけください。

以上、本当の愛と未熟な愛の違いとは?愛されるために知っておくべきことでした。

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人を好きになるという愛には、次の4種類があります。(1)テイク&テイク(受け取るだけの愛)(2)テイク&ギブ(条件付きの愛)(3)ギブ&テイク(駆け引きの愛)(4)ギブ&ギブ(無条件の愛)