小我から大我へ魂は成長を目指しています。スピリチュアルの見解 | スピリチュアルメッセージ/未来を切り開くための気づきがここに…

小我から大我へ魂は成長を目指しています。スピリチュアルの見解

小我から大我へ魂は成長を目指しています

私達がこの世で修行するのは、小我(自己愛)から大我(見返りを求めない愛)に目覚めために修行しています。

無償の愛を手に入れるために、何度も輪廻転生して魂を磨いています。

私達が大我の愛に目覚めるために、この世には段階を踏んだ成長過程があります。今日は、その成長過程をみながらお話をさせて頂きたいと思います。

わがままし放題が許される赤ちゃんの時期

誰もが赤ちゃんの時期を経て今の年齢になっておりますが、このブログを読んでいらっしゃる方で赤ちゃんの方はおられません。

皆、赤ちゃんの時期を経験してこられたのですが、よくよく考えたらわがままし放題でも許されるのは赤ちゃんの時期だけだと思いませんか。

私達はまずこの世に誕生して、泣くことから始まりますが、泣いてわめいてやりたい放題です。

小我から大我へと目覚めるために生まれてきて、生まれた時は完全な小我から始まります。

赤ちゃんは相手の都合など関係なく、腹が減ったと泣き、オムツを替えてくれと泣き、眠たいと泣いて自分の感情を精一杯表現してきます。

赤ちゃんが親の顔色を伺って、忙しそうにしているからミルクを我慢しようとか、オムツを替えてほしいけど、親が寝ているから我慢しようとは考えません。

一生のうちで赤ちゃんの時期だけが、わがままし放題が許される時期ではないでしょうか。この時期があって、愛されることを覚えるのだと思います。

このように、まずは小我からはじまるのが人間であり、生涯をかけて大我を目覚めさせるために試練を乗り越えていくのです。

友達から学ぶ

赤ちゃんの時期は、家族や親族としか関わりを持たなかった子でも、そのうち友達ができるようになります。

友達とうまくやっていくためには、両親に接しているのと同じようにしていては、友達を怒らせてしまったり、ケンカをしてしまうこともあります。

また、酷いことを言われて傷ついたり、意地悪をされて傷ついたり、喜怒哀楽をぶつけ合いながら人間関係の基礎を学んでいきます。

家族では学べなかったことが、友達との関係の中で学ぶことができます。

友達の気持ちを優先して、我慢しなければいけない事もあるでしょう。そうやって少しずつ大我を学んでいるのです。

恋愛から学ぶ

友達として関係を学んできて、ある程度の年齢になると次は恋愛の学びが待っています。

今度は、友達関係のように簡単ではありません。

好きになった相手とお付き合いする為に試行錯誤を繰り返したり、フラれて傷つくこともあるでしょう。

私もありましたが、フラれた時はこの世の終わりのようにショックでご飯も食べられなくなったものです。

お付き合いしたら楽しい事ばっかりだと思っていたら、思いもしない相手の言動に深く傷ついたり、はじめはラブラブだったのにそのうちケンカばかりするようになって別れてしまったり…

これだけしてあげたのに、してくれなかったとガッカリするのは小我です。このように、恋愛で小我を学ぶこともあるでしょう。

逆に相手のためを思い、見返りを求めず自分を犠牲にしてまで何かをしてあげるという大我も目覚めます。

恋愛は、人を好きになる気持ちに翻弄され、深い喜怒哀楽を経験するでしょう。

恋愛は感性を磨くものと言いますが、まさにその通りです。喜怒哀楽の経験して、魂を磨くのにとても有効な手段だと思いす。

社会人になる

社会人になることもまた、大変な経験がたくさんあります。

社会に出る前の人間関係は、友人にしろクラスメイトにしろ恋人にしろ、関わりたくなければ関わらないでも許されました。

しかし、社会に出るとそうはいきません。同僚が嫌いだから関わらない、上司が嫌いだから関わらない、そういった自分の都合が通用しません。ここに人間関係の大きな学びがあります。

仕事はお金を貰うところ、楽しんでできればそれに越したことはありませんが、なかなかそうはいきません。

社会という荒波にもまれ、理不尽に思うこともあるでしょう。我慢がしいたげられることもたくさんあります。

不平不満を持ちながらも、やらなければいけないこと、関わらなければいけない人など、必ず順風満帆ではありません。

しかし、お金をもらう以上は嫌なことがあっても、仕事するのが勤めている限りは使命です。それが、社会に出て仕事をするということです。

社会に出て荒波にもまれることは、たくさんの喜怒哀楽から魂を磨くことになります。

結婚

結婚は育った環境が違う他人との生活になるので、ここでもたくさんの学びがあります。

結婚は恋愛と違って、一緒にいる時間が長いせいかお互い「我」がでます。しかし、自分の我を通すだけでは、直ぐにケンカや溝ができてしまいます。

相手と折り合いのつくところで、我慢をしなければならないことろも出てきます。

そして、相手を思いやる大我もないと冷めた夫婦になってしまいます。

男女の愛は永遠には続かないというのは、スピリチュアルでも言われていることで、男女愛から家族愛へと移り変わることになります。

家族愛に移行されてもなお、自分の価値観と相手の価値観を合わせ、どれだけ理解を深めていくのかが、仲のいい夫婦でいれるかの鍵になります。

子供ができれば子供への無償の愛を学び、介護をすることになれば介護から無償の愛を学ぶという具合に、家庭を支える立場としての家族愛はたくさんの学びがあります。

人は一生を通じて様々な経験をし、時に道がそれてしまうこともありますが、それも大我に目覚める過程で必要なことだからです。

良いことも悪いこともありがたい学びであり、魂を磨くための経験であることに違いありません。

そう思えばどんな経験も無駄ではありません。