生きる意味も生まれてきた理由もとてもシンプル、命ある限り生き抜くこと | スピリチュアル専門サイト

生きる意味も生まれてきた理由もとてもシンプル、命ある限り生き抜くこと

【門次郎のスピリチュアルブログ】

生きる意味も生まれてきた理由もとてもシンプル

生きる意味以前に私達はどこからやってきたのでしょうか?

あの世を信じている方なら答えは明白ですが「霊界」です。そして私達が生まれてきたのは偶然ではなく必然です。

どんな生まれ方をしていようが、奇跡的な確率で誕生していようが、必然的に生まれてきた魂です。

私達が生きる意味は魂の修行のためですが、この時代を選んだのはこの時代だからできる経験があるからです。

物質的な部分は昔より満たされたにしろ、現代はまた違った意味での苦労がある時代だと思います。

どの時代に生まれても時代時代の学びがある中で、私達はこの時代を選んできたのです。

自身の学びに相応しい国を選び、性別を選び、親を選び、肉体を選び、環境を選んで生まれてきています。

生まれてきた時に既にきまっていることは宿命です。宿命は生まれる前から自身で選んできているのです。

こうしたことをすべてひっくるめて、生まれてきたことは偶然ではなく必然です。

この時代、環境を選び、私達の生きる意味はどこにあるのでしょうか。

物質的価値観に翻弄される時代に生きる意味

皆様は物質的価値観に翻弄されてないと言えますか?

この質問に対して私が答えるなら「正直言うと翻弄されてますよね…」

人は欲深いもので、いくら欲しいものを手に入れようとも、次から次へと物欲が湧きあがりますし、これだけ物が溢れる時代ですから、あれも欲しいこれも欲しいと目移りして後を絶ちません。

私達は物が溢れた時代を選んで生まれてきたわけですが、一昔前を思うとまったく世の中が違うのでしょうね。

私の親の世代は戦後の日本を生きてきた人達ですが、昔の話を聞くと、かつては食べていくことがままならず、ご飯を腹いっぱい食べられるだけで幸せなことだとおっしゃっていました。

私達の年代からすると、ご飯を腹いっぱい食べられるのは当たり前のこと。ご飯を腹いっぱい食べれない生活をとても惨めに感じてしまいます。

物が溢れて物欲を満たすことが当たり前になった現代では、食べることは当たり前で、それだけでは満たされず、何かの目標を持ち進んだ時に目標を達成できなければ、生きている価値すらないと自分で自分を追い込むような時代になりました。

夢に破れて生きる価値がないと落ち込んだことがある方もおられるのではないでしょうか。

時期的に「今まさに落ち込んでいる…」という方がおられると思います。

今どんな状況であれ最低限必要なものがあればとりあえずは良しとしましょう。

生きていくために必要なのは食べることです。戦後を思えば必要最低限の移住食ができているならそれ以上は贅沢なことだと思います。

「夢が叶わなかったから価値がないのではありません」

「夢がないから生きる価値がないわけではありません」

「なんの取り柄もないオマエなんか生きている価値すらない!」と言われたことがありますか?

言われたのは私ですが、そんな価値のない私は今でもずっと生きています。酷いことを言う人がいるものですが、誰に生きてる価値がないと言われようが、生きている価値がない人などこの世にひとりもおりません。

あと、皆様が一度は考えたことがあるかもしれないこと、私も人生に行き詰まった時に考えたことです。

「自分はこの先ひとつも良いことないし生きている意味がない」とか「なんで生まれてきたんだろう…」「なんの生き甲斐もない生活に、生きていてもしかたがない…」など考えたことがあるのではないでしょうか。

「いやいやそんなことは考えたことはないよ」とおっしゃる方は常に目標を持って生きてこられたと思います。私も見習わなければならないと思います。

誰かに生きてる価値がないと言われようが、自分で生きている価値がないと思おうが、生きることについてスピリチュアルでは以下のように言います。

生きる意味は、生きることに価値がある

生きることについてスピリチュアルでは

生きる価値があるから生きるのではない
生きることに価値があるから生きるのです

この違いわかりますか?

生きる価値云々ではなく、生存しているだけで価値があると説いているのです。

極端な話、何もせず生存しているだけでも「立派なことだよ」ということです。

どんなに何もしないでボーッと生きようが、何もしないで生きているなりの不安や苦悩や苦しみがあるはずです。そのなかで学んで生きています。

どんな状況であれ、生きていること事態が価値のあることなのです。

財産もない、人脈もない、特技もない、才能もない、地位も名誉もない、何一つ人に勝るところがないからと言って嘆く必要などありません。

今生きているということがとても重要なのです。やりたいことがなくても焦る必要もなく、生きていけるならとりあえずは良しとしましょう。

生きていることに価値があるんだということを忘れないでください。

生きる意味以前に私達はなぜ生まれたのか?

私達は勝手に生まれてきたのではありません。生まれてきたのは生まれたいという魂の強い決意があってのこと…

生まれることを望んで生まれてきた私達の魂は、この世で修行しようという強い意思を持っています。

あの世からすればこの世は地獄です。その地獄へわざわざ志願して生まれてきたのですから、その意気込みは図り知れません。

この世は魂にとって厳しい修行の場です。

豊かな国を選んで生まれようが、貧しい国に生れようが、必要な経験ができる国を選び生まれていて、そこには必要な経験が用意されています。

あの世では波長の違う人とは出会わないと言われていますが、この世では波長の違う人達とも出会うことができ、さまざまな人に揉まれて善悪の両方を学ぶことができます。

あの世ではできない経験をするという目的を持ち、あなたも私もここに存在しているのです。

ですので私達はこの命を粗末にすることがないように、自分の魂の目的を果たすために、命ある限りは生きることが使命です。

生まれてきた目的は、愛を学ぶという意味ではみな同じですが、細かく分けるなら千人いれば千通りの目的があるかもしれません。

前世で人を奴隷のように扱ったなら、現世では奴隷のように扱われることになるかもしれません。

前世が孤独だったのなら、現世では大家族で愛を育む人生を歩むかもしれません。

前世で貧困を経験したなら、現世は豊かな暮らしが用意されているかもしれません。

人を苦しめる人生を歩んだなら、今度は苦しめられる人生を学ぶことになるかもしれません。

輪廻転生する中で、酸いも甘いも経験して正しい心の在り方を学んでいます。

こうした経験はあの世ではできません。あの世は魂の成長のためには相応しくなく、わざわざ地獄であるこの世を好んで生まれてくるのです。

たくさんの経験をして魂を磨き、真の幸福とは何かを学んでいるのです。

生きる意味、真の幸福とは

私達は肉体という物質を借りてこの世で生きていますが、私達自身は魂であり肉体も借り物、今持っている物質もこの世だけのもの。あの世に還るときには手放さなければなりません。

ですので、幸せの価値を物質に求めても真の幸福は手に入れられません。いくら物を手に入れても失うのですから。

真の幸福は物質的なところには存在せず、心の中に存在します。

人に与えたものと同じだけ自分に返ってくる。人に思いやりや優しさを与えれば与えるほど自分に返ってきます。

人に愛を与える、与えた愛が返ってくる。この繰り返しが、真の幸福に繋がっていくのではないでしょうか。

人の足を引っ張る事を考え自分がのし上がっても、真の幸福とは程遠く、そんなものでは心が満たされません。その傲慢な心がいつまでも自身を苦しめるでしょう。そんなことでは真の幸福は掴めません。

真の幸福とは心の中にあります。

生まれてきた目的はさまざまかもしれませんが「愛を学ぶ」という意味では皆同じだと思います。

この生かされた命を投げ出すことなく生き抜くことは、私達誰もが持っている使命です。決して自ら命を絶つことがないようにしてください。

生きる意味は、生きることに価値があるのです。