いじめっ子がいじめられっ子になって、いじめはいけないと知った話 | スピリチュアル専門サイト

いじめっ子がいじめられっ子になって、いじめはいけないと知った話

【門次郎のスピリチュアルブログ】

いじめっ子がいじめられっ子になった話

イジメは決して許されることではありません。

私はそのことがわからずに人をイジメていたことがありました。

イジメをしている人が、イジメられるという因果応報はあるのか?疑問を持たれる方も多いと思います。

イジメをすることは、悪い種を蒔くことになります。悪い種は遅かれ早かれ芽を出します。

イジメを行なっている限り、イジメている人が幸せになることはありません。

必ずイジメていた報いを受ける日がきます。

それは、自分がイジメられる立場になる場合や、人間関係がうまくいかなくなる場合もあります。

イジメとして返ってくるだけではなく、たとえば、ロクな友達ができなかったり、ロクな恋人ができなかったり、ロクな結婚ができなかったり、もっと長い目で見れば、子孫に返ったりします。

イジメている人が今は問題なく見えていても、その報いはいつか受けることになります。

人は間違いを犯します。その間違いに気づかせるために因果応報があります。因果応報がなければ間違いに気づくこともできません。因果応報がなければこの世はもっと荒れるでしょう。

それでは人をイジメていた私にどんな因果応報があったのか、小学生の頃の実話を基にしてお話しさせて頂きたいと思います。

いじめっ子だった私

小学生の頃、クラスメイトをイジメたことがありました。

複数でひとりをターゲットにする卑劣なイジメでした。クラスの1/3の男子が1人の男の子をイジメました。

イジメの発端となったのは、彼が嘘つきだという噂がクラスメイトに広がったせいです。

はじめは「ちょっとかわいそうだな…」と思う気持ちを持ちながらの行為だったのですが…

日に日にそういう気持ちは薄れてしまい、仲間はずれや悪口が当たり前のようになりました。

プロレスごっこと称し複数で男の子を痛めつけるとか…

やられる側の気持ちを考えずに「嘘つくから悪いんだ」という大義名分を掲げて酷いことをしたと思います。

大義名分があればイジメても良いというのは大人社会にも言えることです。「イジメはダメ!」と言いながらもこのような発想をする大人が多いから、自然と子供も真似をします。我々大人は本当に気をつけなければなりません。

そのうち彼が不登校となり保護者や先生にイジメの実態が知れたことで、こっ酷く怒られてから彼をイジメなくなりました。

それから一年もしないうちに事態が変わります。

いじめっ子からいじめられっ子へ

私はちょっとした誤解がきっかけで、イジメる側からイジメられる側になりました。

複数人から無視されたり、プロレス技をかけられる対象になりました。学校行くのが嫌になり、教室入るのも嫌でした。

私がしたことがそっくりそのまま返ってきたのです。

イジメられる側は嫌だろうとわかってたけど、身をもって辛いと知ることができました。

ある日、私をかばってくれた友達のおかげで、イジメはなくなりましたが、この経験がなかったら私は今でもイジメる側の人間だったかもしれない。

人をイジメて優越感に浸って、自分の存在価値を見い出す。

なんて「弱い」人間でしょう…

でもそのような人は大人にも多いのです。

私はイジメの両方の立場を経験したことでどちらの気持ちも分かることができました。

小学生の私にとても分かりやすい「因果応報」でした。

因果応報はすぐに返ってくるものや、来世に持ち越すもの、いろんなパターンがありますが『間違いに気づかせる出来事』はやがて起こります。

いろいろな罪を重ねてきた私は因果応報を考えると怖いものがありますが…その分、これからは善い行いをしたいものです。

何事も因果応報と切っても切れません。悪いことが起きても、それもいつかの行ないが返ってきたのかもしれません。

だから嘆いてばかりいても仕方がないのです。その事態をどうクリアしていくかが与えられた学びです。

蒔いた種を刈り取る、悪い芽を刈り取り善い種を蒔けば、いつかたくさんの善い芽が出ます。

日々の積み重ねが未来を創りますので、善い行ないを心がけたいものですね。