暇があるから不安になるというスピリチュアルの理屈 | スピリチュアル専門サイト

暇があるから不安になるというスピリチュアルの理屈

【門次郎のスピリチュアルブログ】

暇があるから不安になる

ちょっと皮肉った言い方になりますが…

「将来が不安で不安でたまらないんです…」と不安な気持ちばかりが芽生えるのは、それは余裕のあらわれかもしれません。

単純に時間に追われ、めまぐるしい毎日を送っている人は「将来が不安でたまらない…」と考える余裕がありません。

不安な気持ちばかりが芽生え、その気持ちに翻弄されているうちは、まだ少しでも余裕のある証拠と言えるのです。

本当に追い込まれたら、不安だと愚痴っている余裕すらなくなります。愚痴るよりも、がむしゃらに行動に出ます。「やらなきゃ死ぬよ」と言われたら、がむしゃらになります。そこまで追い込まれた人ならわかると思いますが、不安など感じる余裕すらなくなります。

お悩みの多くは、自分の心の持ちようであったり、物質的な欲求を満たせないことであったりするもので、ちょっとした発想の転換で悩みを解決に導くことができるものも多くあります。

いじわるな言い方ですが、悩んでいるだけで行動に移せないというのは、まだ少し余裕のある証拠なのです。

その余裕のあるうちに動き出すか、余裕がなくなってから強制的に動きだすか、どちらがよいかは言うまでもありません。

これも皮肉な言い方ですが、あれこれ不安に思ってしまうのは、あれこれ考える暇があるからです。

暇がつくる悩みの種

人間暇があればあるほど、余計なことを考えてしまうものです。

時間を持て余していると、誰かに言われたひと言を思い出しては悩んだり、将来のことを考えてしまい不安になったり、余計なことが気になってしまったり、暇があればそれだけ余計なことを考える時間も増えます。

しかし、その余計なことを考えて悶々としてしまうのも余裕があるからです。

もしも「あなたの命、あと一ヶ月…」と余命宣告をされたら、今までと同じことで悩みますか?そんな時間があるなら死ぬ前に何かしようと考えるのではないでしょうか。

自分に残された時間がないと知って、これまで通りの思考を巡らせる人は少ないと思います。

残された時間をどう生きようか、毎日がとても愛おしく大切な時間になるはずです。これまで考えていた悩みなどちっぽけに感じるでしょう。

自分に残された時間がないことを知れば、余計なことを考える暇もなく、自分がすべき事したい事を悩むよりも、するはずです。

物質的な執着が消えたり、命の大切さを知ったり、憎んでいた人をも愛おしく感じたり、本来あるべき姿がそこにはあります。

どんな悩みでも命の前では、くすんで見えるものが大半ではないでしょうか。

不安だ不安だと不安にかられていても、時間は過ぎますし死も近づいてきます。暇を持て余し不安ばかりで何もできない人生よりも、行動してみるべきではないでしょうか。

悩む暇のあることはある意味不幸かもしれません

幸せの数を数えることが好きな人は、小さな幸せに気づくことができます。

しかし、悩み多き人生の方は不幸の数を数えては運気を下げている傾向があります。そして、充実した毎日を送れていないことも多いものです。

悩む暇があるのは、ある意味不幸かもしれないと言ったのは、たとえば星占いをチェックした時に、今日は一位だ最下位だと一喜一憂するのもそれだけ余裕のある証拠なのです。

悩む暇がないほど忙しい人は、星占いに一喜一憂している暇もありません。星占いを見て心踊らされることもありません。

暇があると、朝見た星占いで最下位だったことが頭をよぎり、一日中どんよりとした気持ちで過ごさなければなりません。何か問題があると星占いを思い出しては落胆してしまうのです。

しかし、そんなことを考えるような暇を持っていない人は、目の前のことに一生懸命生きていますので、余計なことを考えません。星占いで最下位だったとしてもそんなちっぽけなことに構っている暇はないのです。

一瞬一瞬を1日1日を懸命に生きている限りは不安ばかりにかられることもありません。

暇があるから不安になるというのも一理はあると思います。不安で押しつぶされるくらいなら不安を取り除くために努力をすべきではないでしょうか。