神様がこの世に降りてくることがないというスピリチュアルな見解 | スピリチュアル専門サイト

神様がこの世に降りてくることがないというスピリチュアルな見解

【門次郎のスピリチュアルブログ】

人間は本当の神様とは交信できない

神様について私も勉強中の身ですが、皆様と一緒に知識を深めたいと思います。

皆様は自然霊という言葉を聞いた事がございますでしょうか?

自然霊という言葉は聞き慣れないかもしれませんが、神様や仏様と言えば聞き慣れた言葉だと思います。

人は苦難にぶち当たり八方塞がりになったとき、多くの人が神仏に助けを求めるのではないでしょうか。

現に私も苦難にぶち当たり、真剣に神仏に助けを求めた人間です。

しかし、信じているのにちっとも救われないという方も多いと思います。

「宗教を信仰しているのに幸せが訪れない」
「毎日神仏に祈っているのに幸せが訪れない」などなど…

私もどんなに祈っても救われませんでした。

最終的に自分を救うには、自分が動かねばならないと気づいてから救われました。奇跡を待っているだけでは救われません。神仏に頼るだけではご利益はありません。

苦難にぶち当たってから神仏に心を開く動機はいささか不純なものですが、私のように苦難が発端で神仏に心を開いていく方は多いのではないでしょうか。

自然霊の最高位が神様

自然霊とはこの世に肉体を持った事がない霊の事を言うそうです。

自然霊で私に身近なのは眷属神と呼ばれる神様の使いです。

龍神、天狗、妖精、小さいおじさんなど、他にもありますが、このような童話などに出てくる存在を自然霊と言います。

そして、私達の魂の元を辿れば自然霊から生まれたと言われています。

神様というのは、この自然霊の最高位に位置するもので、私達人間とは全くの別格の存在であり、人間レベルでは繋がることができないと言われています。

霊能者も神様と交信できない?

「霊能者なら神様と交信できるでしょ?」と思われるかもしれませんが、結論から述べると「交信できない」のです。

現世を生きる人間とはまったく別格の波長を持っている神様と、人間が繋がることはあり得ないと言われています。

もしも、本当の神様と繋がれると言っている方がいたら??かもしれません。

神様と交信できる波長があるならこの世で修行する必要などありませんので、「そんな人はこの世に生まれてこない」という見解です。

そして、もしも自然霊の最高位である本当の神様がこの世に降りたとしたら、この世は天国へと変貌するか、消えてしまうと言われています。それほどまでに神様の浄化パワーはケタ外れということです。

今から「〇〇神を降ろします」といっている方がいたらこれもまた??だと思います。

神様は名乗らない

神様が現れて「私が○○神だ!」と名乗ることもありません。

本当の神様が降りてくることはありませんが、私の場合は眷属神ですら名乗りませんでした。名前を付けたのは私の無理強いです。

「神様」という名前も神様が付けたのではなく人間が付けた名前です。

本当の神様が「私のことを○○神と呼べ」という事はありません。神様とはそんな低俗なものではないと理解しましょう。

神道で神様とは

神道で神様とは何なのかを調べました。

神様とは神道から生まれた言葉です。

神道で神様とは「恐れ多く畏怖(いふ)すべきもの」と云われているそうです。

善悪の区別は存在せず邪悪なものでも神道では「まがつ神」と呼ばれ神と呼ぶそうです。

また神道では、火にも水にも風にも自然の中に神が宿ると考えられているので、これを自然霊と考えることもできるそうです。神道での最高神は天照大神とされています。

仏教にも釈迦や観音や菩薩といった仏様の名前がありますね。西洋ではゴットという概念があるそうです。

しかし、神仏の名前にしても昔の人が付けた名前であり、天照大神も観音様もゴットもすべて同一のエネルギーで、自然霊の最高位に付けられた名前に過ぎないとのことです。

これほどの話になるとスケールが壮大すぎて私にはチンプンカンプンですが、神様も仏様も天使も皆同じ、呼び方や姿形は違えど全ては同一のエネルギーということかもしれません。

私の足りない知識ですが、同一のエネルギーということに共感しています。

お礼参りをしないとバチが当たる?

稀に高い波動を持つ霊が現れる場合でも、神そのものが現れたのではなく、代理程度の霊に過ぎないとのことです。眷属神も神様の使いであり代理程度の存在です。

眷属神はあれしてくれ、これしてくれと見返りを求めることはありません。私がお願いする事はあってもお願いされることはありません。

お稲荷様は、お礼参りをしないと酷い目に遭うなどと迷信もありますが、もしもお礼参りをしないせいで酷い目に遭ったのなら、信仰していたのが眷属神ではなく低級霊かもしれません。

眷属神は人間のように見返りを求める存在ではないのです。見返りを求めるような低い波長では務まらないのだと思います。

先ほども言いましたが自ら名乗り現れることもなく、はじめは名前を聞いても「何でもよい」と返ってきました。だから私が付けたのです。自然霊に名前は必要ないということだと思います。

見えない世界に依存して「私が神だ!」と名乗るものに翻弄され、ボロボロになっていく人もおられます。

神様は現世のご利益を叶えてくれる存在という想いが強ければ強いほど、神に化けた低級霊に翻弄されてしまいます。

すがり過ぎると良からぬ方向へ進みます。偽神に化かされないように注意しましょう。