地鎮祭は工事の無事を祈る安全祈願祭だけではないスピリチュアルの見解 | スピリチュアル専門サイト

地鎮祭は工事の無事を祈る安全祈願祭だけではないスピリチュアルの見解

【門次郎のスピリチュアルブログ】

地鎮祭とスピリチュアル

地鎮祭とは、数百年も前から伝わる「とこしずめのまつり」のことで、建物を建てる時、基礎工事をする前に土地の神を祭り、工事の無事を祈る安全祈願祭のことです。

工事前の空き地などで神主様が何かされているのを見たことがある人も多いのではないでしょうか。あれが地鎮祭です。

地鎮祭の流れは地域によっても違うそうですが、土地の中に四方を青竹で囲った斎庭(ゆにわ)をつくり、その中央にひもろぎを立て祭壇をつくります。

土地を守る神社の神主様に来て頂き、祝詞をあげ、塩やお酒などをお供えし、鎮め物(剣、盾、鍬など)を土地の基礎の下に埋め、昇神の儀を経て神様をお見送りします。

地鎮祭は、工事の安全祈願という意味はもちろんのこと、スピリチュアルでは、昔からその土地に暮らす自然霊と共存共栄していくための儀式と言われています。

地鎮祭を悪魔祓いのように思われている方もおられるかもしれませんが、そういう意味ではなく、一般的にも安全祈願という意味で行なう儀式です。

土地に対するスピリチュアルの見解

私達は目に見えるもの、この世の事情を考えてしまうので、土地を買えば自分に権利があると思いがちです。

しかし、目に見えない世界を考慮したスピリチュアルの見解では、土地を購入したからと言って土地は自分達だけの物ではありません。

土地に司るのは、自然霊と言われています。

私達が土地を買う以前に、さかのぼれば私達が生まれる前からその土地には自然霊が司っています。

要は土地を買い、そこに住まわせてもらう事は、自然霊と共存共栄していくことになるのです。

そのため、「無事に工事が終わるように見守りください。」「この土地に住まわせて頂きます。今後とも宜しくお願いします。」とご挨拶をして筋を通して置くことが共存共栄に繋がります。

自然霊もピンきりで、低俗なものは人間に近い思考を持っています。

地鎮祭など関係ない、少しでも費用を削るために行わないと侮ってはいけません。

お金を惜しんで地鎮祭を行わなかったために、住むと体調が悪くなったり、家族の仲が悪くなったり、仕事がうまくいかなくなったりと、悪いことが起きる可能性があります。

人間に近い低俗な自然霊の場合は、見返りを求めます。ちゃんと筋を通しておけば力になってくれますが、筋を通さず無視をしていると怒りを買うことになります。

工事現場で働く人達は、意識して地鎮祭をされると思いますが、それには地鎮祭をせずに事故や怪我が相次いだ過去の苦い経験があってのことかもしれません。

憶測ですが、きっとそう言った言い伝えがあるのではないでしょうか。

地鎮祭はやはり必要、できるだけ参加しましょう

「自然霊の怒りが怖い」とおっしゃるかもしれません。

しかし、人間社会の常識で考えればわかることですが、これまで関わったことのない人様の家に無言で入って、怒らない人がいるでしょうか。

「なに勝手に入ったんだ、出ていけ!」となるはずです。

住まわせてもらうからには、挨拶をするのは当然のことです。その挨拶が地鎮祭にあたります。

結局、地鎮祭をせずに自然霊の怒りを買ってしまうのは、礼を尽くさない人間が悪いということになります。

ちゃんと筋を通せば、怒りを買うどころか、力を貸してくれるはずです。「ちゃんとする人にはちゃんとしてあげよう」と思うのは低俗な自然霊も同じです。

低俗な自然霊は人間に近いため、人間と同じような感性を持っています。

逆に崇高な自然霊になればなるほど、自然霊の怒りを買うことはありません。人に与える影響が小さくなります。

それは人間社会で起きる問題は苦しいことも経験することに意味があると考えられ、手助けしてくれるといった恩恵を受けにくくなるからです。

話を戻しますが、家を建てる時など、地鎮祭に参加できるなら参加したほうが良いと言えるでしょう。

地鎮祭は自然霊への挨拶です。挨拶をすることで、自然霊も私達を見守ってくれます。できることなら家族全員で参加をすることが望ましいです。

最近では地鎮祭をしないケースもあるそうですが、今後のことを考えるならやっておくべきことだと思います。