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論理的に試練を乗り越える実践スピリチュアルが身を結ぶ

【門次郎のスピリチュアルブログ】

論理的に試練を乗り越える

物事を論理的に考えていますか?

論理的とはきちんと筋道を立てて考えるさま。という意味です。

問題を解決するために何をすべきか、どう行動していくべきかの道筋を立てることなく、解決策だけを求める方は論理的ではないと言えます。

問題を解決するためには論理的に筋道を立てていく必要があります。

経過を飛ばして結果だけを求めていては、いつまでも経っても解決には近づきません。

私達に様々な試練が与えられますが、直面する問題は向き合わなければならない問題です。

向き合って解決する経過をめんどくさく思い、避けているうちは足踏み状態です。

筋道を立てたからと言って真っ直ぐに進めない事が多いですが、現れた問題に対してその都度乗り越えなければ前に進むことはできません。

厄介な試練ですが立ちはだかるのにも意味があります。

試練はなぜ与えられる?

試練には意味があります。

向き合った先に成長があるから与えられるので、向き合わなくてもいい試練は与えられません。

乗り越える為の試練なのか、道を変える為の試練なのか、時と場合によりますが、無意味な試練などひとつもありません。

時間を無駄にするのは、試練が立ちはだかったからとその場で立ち止まってしまう事です。前にも進めず、道を変えることもできずに立ち止まるのはもったいない事です。

試練は成長のために与えられるものですので、必ず向き合わなければなりません。

この世で与えらる試練は災難ではありません。私達は与えられた課題をクリアするために生まれてきたのです。

試練を災いととらえるか、取り組むべき課題ととらえるかで見方も変わり、モチベーションも変わる事でしょう。

傲慢な人には謙虚さを学ぶ試練を与えられたり、内向的な人には社交性を学ぶ試練を与えられたり、どんな試練も意味があり「災い」ととらえてしまっては成長の妨げにもなります。

どんな試練もネガティヴにとらえるのではなく、向き合う事でその先に成長があると思えば、災とは一概に言えなくなります。

災いだと思っていたことを乗り越えた先に成長があったと思えることが誰にでもひとつやふたつあるはずです。

試練は成長のために与えられるものと認識して頂き、マイナスなイメージを払拭して頂ければ幸いです。

結果を直ぐに求めていませんか?

ご相談をお受けしている中で「どうしたらいい方向に向いていきますか?」と向かうべき方向性や筋道を知りたいとご相談もあります。

それとは逆に「直ぐさま解決する方法を教えてください」と筋道を飛ばし直ぐに結果を求めるご相談もあります。こうしたご相談者様にはお受ける前に「直ぐさま解決するのは難しいですよ」とお伝えするのですが、そうすると「それでしたら結構です」と相談を辞退されることが多いのです。

そういった方と遭遇するたびに「この方の幸せはまだ遠いなぁ…」と感じています。

知って頂きたいのは、この世は原因があって結果がある事。筋道を飛ばして解決するという魔法はありません。

一夜にして悩みが解決するような甘い考えをすると霊感商法に引っかかります。物を買うだけで幸せになることはありません。

この世はちゃんと筋道を立てなければ解決に至らないことばかり。途中経過を飛ばして結果だけを求めていては、解決に至らないどころか足元をすくわれることになりかねません。

極端に言えば、10年かけて悪くなったのなら、10年かけて良くしていくくらいに思っておけば騙されることもありません。結果を直ぐに求めるのはトラブルの元にもなるのでご注意ください。

論理的に生きるのに過去世や守護霊様を知る必要があるのでしょうか?

「過去世や守護霊様を知りたいです。」というご相談もあります。

私はこの手のご相談は基本的にお断りすることが多いです。

それはなぜかと言うと、過去世がわかったり守護霊様がわかったところで、この世を生きるのに支障がないからです。そこにとらわれ過ぎると現実がおろそかになります。

見えない世界にとらわれていても現実を良くする事はできません。お悩みに対して現実をどう生きるかが重要なので、過去世や守護霊様は重要ではないのです。

見えない世界にすがっていても現実は変わりません。変えるのはこの世を生きる私達です。

また守護霊様も自分の存在を知ってほしいわけでもないのです。そんなことよりも地に足をつけて生きてほしいと望んでおられます。

見えない世界を知ることよりも前向きに論理的に生きることで道が開けるのです。

与えれた試練に対して論理的に考える。私達がしなければならなのはこれです。見えない世界にとらわれて現実から逃げないようにしなければなりません。

不幸から抜け出せる方と抜け出せない方の違いは?

不幸から抜け出せる方と抜け出せない方の違いは、考える努力をしているかどうか?によります。

健全な心をお持ちであれば、試練を乗り越えるための調べ物をしたり、人に聞いたりといった行動をしていればいずれ不幸から抜け出す事ができるでしょう。

逆に試練を乗り越えるために努力をしなかったり、努力をしても直ぐに諦めたり、立ち止まって不平不満ばかりを募らせるだけでは不幸から抜け出せません。

不幸から抜け出せない人は、どこか他力本願になっていませんか?

前者は自力でなんとかしようと頑張るのに対して、後者は他力本願の運任せです。

不幸から抜け出せる人というのは、人任せにせずに論理的に行動に移す人です。

いつまで経っても不幸だという人の多くは、道筋を立てずに結果を求めているか、道が開けるのを待っている人です。

物事を冷静に分析する事が大切です。冷静に分析すれば問題点や改善点が自ずと分かるようになります。

そうすると波長も上がり運気も回復していくのです。

この世を生きる限り試練は必ず与えられます。試練は成長の糧になるととらえて、逃げずに向き合いましょう。