臨死体験には天国と地獄がある・地獄行きだった私に言えること | スピリチュアル専門サイト

臨死体験には天国と地獄がある・地獄行きだった私に言えること

【門次郎のスピリチュアルブログ】

臨死体験・天国と地獄

死後の世界と聞くとどのような世界を想像されますか?

天国があって地獄があるというのは一般的に考えられていることだと思いますが、天国と地獄だけの二つの世界だけはないそうです。

この世と言えばこの世界ひとつになりますが、あの世は階層世界といわれています。死後の世界は一つや二つだけではなく無数の世界に分かれているとされています。

天国と呼ばれるそれはそれは美しい世界から、地獄と呼ばれる恐ろしい世界までいくつもの階層に分かれているといわれています。

天国と一口に言っても様々な階層があり、地獄と言っても様々な階層があり、どの階層にいくかは生前の行いが行く世界を決めるそうです。

臨死体験は大きく二つに分けられる

これを読んでくださっている方の中にも臨死体験をされた方がおられるかもしれませんね。

その時の世界はどうでしたでしょうか?

臨死体験の経験者が語る死後の世界の一つに、綺麗なお花畑があって、小鳥のさえずりが聞こえ、温かい陽が射し青々とした空がとても気持ちよく、どこまでも続くお花畑が最高に綺麗でした。

前方には川があり、その向こうには大好きだった故人がいて、川を渡ろうとすると「こっちへ来てはダメ」と帰るように促されてしまい、はっと意識が戻り生還したという臨死体験は聞いたことがあるのではないでしょうか。

この臨死体験を経験した方は天国を経験したと言えると思います。とても居心地のいい世界で、そっちの世界に行けるなら死んでもいいかなぁと思う体験だったと思います。死後の世界を知ることで死への恐怖もやわらぐ体験だったのではないでしょうか。

臨死体験らしい臨死体験ですね。

臨死体験とは大きく分けて二つと言いましたが、もう一つの臨死体験があります。

私には以前死にかけた経験があって、そのことはプロフィールやブログでもご紹介してきましたので詳細は省きますが、私が経験した臨死体験がもう一つの臨死体験です。

先ほどご紹介したのが天国の臨死体験なら、私が経験したのは地獄の臨死体験です。

どうせなら天国の臨死体験をしたかったのですが、生前の行いが行く世界を決めるといわれているとおり、当時の私はロクでもない人間でしたので地獄送りは当然だったのかもしれません。

地獄の臨死体験と聞くと地獄絵図にあるような、火あぶりの刑にされたり、針山を歩かされたり、鬼に虐待されるようなイメージを想い描くかもしれませんが、もっとシンプルです。

シンプルな地獄、それは「暗闇地獄」です。

真っ暗な暗闇の中に意識があるというものです。

そこには鬼すらおらずアリひとついません…

そこにあるのは暗闇だけで、暗闇がどこまでも続くだけの世界です。自分の体すらありません。あるのは暗闇と意識のみ…

音も光も風も匂いもなく、右も左も上も下もわかりません、方角すらその世界にはないのです。

まるでブラックホールの中にいるかのような、自分が暗闇と同化しているような、言葉で言い表すことができませんが、それはそれは恐ろしい世界です。

自殺をすると地獄に行くと言いますが、地獄にも種類があると思います。この暗闇地獄はその中の一つだと考えています。

どうして臨死体験には天国と地獄があるのか

臨死体験は天国と地獄と大きく二つに分けられますが、どうしてこのようなことが起こるのか…

それは先ほどから述べておりますが、生前の行いが死後の世界を決めるからです。

天国の臨死体験を経験された方は、その調子で生きていけばきっと死後は天国へと導かれるでしょう。

しかし私のように地獄の臨死体験を経験された方は、命のあるうちに生き方を正していかないと、死後本当に地獄へと導かれてしまいます。臨死体験だからよかったものの、本当に死んでしまっては取り返しがつきません。

私は臨死体験をつうじて生き方を正すように教えられたのだと思います。「このままではあなた地獄行きだよ」と警告れたのだと思います。

私達が天国に行くためには、生前の思いや言動にかかっています。より高い天国に行くためには人のために生きる気持ち、徳を積むことが必要になると思います。

以前の私のように我欲にばかりにとらわれて生きていると、地獄のような低い階層に移行されてしまいます。

死後の世界とは生前の行いにより行く世界が違ってくるので、徳を積み素晴らしい世界に移行できるようにしましょう。地獄に行ってからでは遅いのです…