仏壇なし、位牌のみでも供養はできる。大切な人をあの世に送る為の心構え | スピリチュアル専門サイト

仏壇なし、位牌のみでも供養はできる。大切な人をあの世に送る為の心構え

【門次郎のスピリチュアルブログ】

仏壇なしでも供養はできる。供養のために必要な心構え

死は誰にでも訪れるものですが、死は決して穢(けが)れではありません。

亡くなることは、本来いるべき魂の故郷に還ることであって、修行のために降りてきたこの世からの卒業を意味します。

自分の死も、大切な人の死も、ただただ不幸なように思われがちですが、死とはその人にとっての卒業を意味することで、本来は不幸なことではないことを忘れないでください。

ただ、亡くなってもすんなりあの世に還れる人もいれば、この世を彷徨ってしまう人もおられます。肉体を失い、この世を彷徨うことは本当に辛いことです。

そこで、私達生きている人が亡くなった人を見送るために、どういうことが供養になるのか?誰にでもできる供養の心構えについてお話ししたいと思います。

亡くなった人をあの世に見送るための心構え

亡くなった人をあの世へ見送るための心構えを理解するには、死とは終わりではなく旅立ちだということを私達が知っておかなければなりません。

死とは、あの世への新たな出発です。私達は、亡くなった人の足を引っ張らないようにして、あの世へ旅立たせてあげなければなりません。

供養とは、亡くなった人がこの世への未練を断ち切り、あの世へ旅立てるように促してあげることを言います。

そのためには、亡くなった人に対し「私達は大丈夫ですから、安心してください」という想いを届けること、遺された私達は大丈夫だと安心させてあげることが大切です。

亡くなった人のことを想うなら、どんなに辛い別れであっても「お願いだから逝かないで」とすがってはいけません。

そのようにすがられたら、心配であの世に還ることができません。そのうち、あの世への道が閉ざされ、この世を彷徨ってしまうのです。

亡くなった悲しみを消すことはできませんが、どんなに悲しくても亡くなった人の幸せを願うのなら引きとめることはしてはならないのです。

そして亡くなった人は、私達遺された人達の良い生き方を見て、自身を浄化し続けます。活き活きと生活している姿を見せることが、私達にできる供養になります。

供養する仏壇がない場合

人は、お金をかけて立派な仏壇を設けることが供養になると考えがちですが、仏壇の大きさが供養になるわけではありません。

仏壇や葬儀にどれだけお金をかけたかが供養になるのではなく、供養には「心」が重要なのです。

仏壇やお墓もそうですが、立派な物を用意することが大切なのではなく、気持ちを入れるために形として残すことに意味があります。

仏壇を見てご先祖様を思い出す。お墓参りをしてご先祖様を思い出す。形として残すことで、忘れずに気持ちを向けるための物だと私は思います。

お金がなくて仏壇を用意できない場合でも心配はいりません。亡くなった人のことを想う気持ちが本物なら、仏壇などなんでもいいのです。

極端な話、ダンボール箱に白い布を敷き、紙を位牌に見立て、ロウソクとお線香を用意すれば仏壇が出来上がります。

供養に必要なのは、どれだけ立派な仏壇を用意したかではなく、どれだけ気持ちを込めることができたかが重要なのです。

立派な仏壇でなけれは気持ちが入らないのなら、立派な仏壇のほうが良いでしょう。しかし、仏壇などなくても気持ちが本物なら仏壇に拘ることはありません。

話はそれますが、「生きているうちにお墓を建てると早死にする」という話もありますが、これは迷信でお墓を建てたからと言って寿命が縮まるわけでもありません。

ただし、空のお墓に住み着いてしまう見ず知らずの霊もいるそうなので、墓石を建てずに土地だけの購入にとどめておいたほうがいいかもしれません。

供養のために亡き人の部屋をどうすべきか?

遺された人達が亡き人を少しでも感じていたい。もしくは、片付けてしまうと可哀想だからと言って、亡くなった人の部屋をそのままにしておく人もいます。

その気持ちはとてもわかるのですが、実はそれが成仏の妨げになることがあります。

亡き人の部屋を生前のままにしておくと、それを見た亡き人は、この世への未練となってしまうのです。自分の居場所がこの世に用意されていると、去りたくても後ろ髪を引かれる気持ちになり、成仏の妨げになるのです。

亡くなった人のことを想うのなら、形見として残しておく物を除いては、速やかに片付けてしまうほうが良いのです。

部屋を片付けても、故人への想い出が消えるわけではありません。想い出は胸にしまい、部屋を片付け還るべき場所に還れるよう、祈ってあげることが供養になります。

真の供養とは、亡くなった人が安心してあの世に還れるように、私達がしっかりすることだと思います。心配をかけないように地に足をつけて生きていきましょう。