ペットと人の学び。ペットも人も共に学んでいるスピリチュアルの見解 | スピリチュアル専門サイト

ペットと人の学び。ペットも人も共に学んでいるスピリチュアルの見解

【門次郎のスピリチュアルブログ】

ペットと人の学び

人がペットを育てることは、子育てと同じで魂のボランティア活動になります。

人が子供を産むか産まないか決められるのと同じで、ペットを飼うかどうかも人が決めるものです。

自分で産んだわけでもないペットに愛情を注ぎ、家族としての絆を築くことができるのは、人で言えば養子縁組に似ているのかもしれません。

ペットを家族と思い育てている方は、たくさんおられると思います。血の繋がりなど関係なく、立派な家族なんですよね。

スピリチュアルでは、魂の進化の最終形態が人になります。動物は、いつか人に生まれ変わるために輪廻転生を繰り返しています。

動物が人と関わる意味として、動物には「人を勉強する」という意味があります。

ペットして人に飼われたのなら、人を学ぶために最適な環境を手にしたことになります。動物にとって人に飼われることは大きな学びになります。

もちろん、飼われたペットにだけ学びがあるのではありません。始めに述べたように、血の繋がりのないペットを可愛がることは、人にも学びがあります。

人は、愛されることで愛を学ぶだけではなく、愛することで愛を学ぶこともできます。ペットは、与える愛について勉強することができます。

その愛が原動力となり、 仕事を頑張れたり、家に帰るのを楽しみにしたり、ペットのことを考えて癒されたり、本当にさまざまなプラスの感情を与えてくれると思います。

これは私ごとですが、まだ私が小学校にの頃に猫を飼っておりました。

学校から帰ると、いつも玄関に座って待ってくれている猫でした。

いつも玄関にいるので、ずっと玄関にいるのか母に訪ねると、そうではないそうです。

母が言うには、私が帰ってくる直前に玄関に来るそうです。目で見えなくても人が発する電磁波??何かを感じて帰って来ることがわかるようでした。

私は、そんな猫を子供ながらに可愛がり、それに応えるかのように懐いてくれたことを思い出します。

子供ながらに、動物にも性格や心があることを学び、人と同じで命があることを学びました。愛情を注げは、愛情が返ってくることを学んでいたように思います。

ペットを飼って愛情を注ぐことは、愛を学ぶのに適していますね。

そして月日が流れ、ペットとの死別も経験します。その経験が、命の尊さを教えてくれます。

家族のように、一緒に暮らしてきたペットが亡くなったことはとても悲しいことですが、いつまでも悲しんでいては、ペットの成仏を妨げることになります。

悲しみ溢れることは仕方がありませんが、共にした時間に感謝して、しばしの別れだと思い気を落ち着けなければなりません。あの世に還ればまた会えます。それまでの別れです。

ペットの意思疎通

ペットは人を見るときに何を見ているのでしょう。

自分にとって敵なのか味方なのか、人のどこを見て判断しているのでしょう。

これはスピリチュアルで言われていることですが、ペットは人の言葉ではなく、人のオーラによって見分けているそうです。

オーラがどのように見えているのかわかりませんが、人のオーラを見て、自分を守ってくれる人か、危険な人物かを見分けていると言われています。

また、飼い主の体調もオーラで見分けていると言われ、体調だけではなく、飼い主の感情もオーラで見分けていると言われています。

私達がしつけで怒っているときは、オーラで怒っていることがわかり、外で嫌なことがあって凹んで帰ってきたときは、オーラをみて落ち込んでいることがわかると言われています。

言葉がわからないはずのペットが何かを感じて、慰めるように寄り添ってきたり、舐めてきたりするのは、オーラを見て落ち込んでいる私達を慰めてくれているのかもしれません。

そうやって人と触れ合い、人を知ることがペットの学びになるのだと思います。

ペットも人も、この世で魂を磨いていることに違いありません。共存して互い学びになると良いと思います。