財産分与で無理に主張したとしても…スピリチュアルの見解 | スピリチュアル専門サイト

財産分与で無理に主張したとしても…スピリチュアルの見解

【門次郎のスピリチュアルブログ】

財産分与で無理に主張したとしても…

皆様は兄弟をどのように捉えていらっしゃるでしょうか。

血の繋がった兄弟だから何でも許される?

兄弟だから困った時に助けてくれて当たり前だと思っていませんか?

いかに仲の良い兄弟であれ、お互いそれぞれの人生があるのですから、兄弟と言えども「親しき仲にも礼儀あり」でなければ関係はおかしくなるものです。

兄弟であっても一心同体ではありません。お互いが自立した関係だからこそ上手くいくのです。兄弟でも大人になれば仲の良い他人と思っているくらいが丁度いいのです。

兄弟であれ家庭を持てば他人

兄弟も大人になればそれぞれに家庭を持ったり、別々で暮らすこともある話です。

もしもお互いに結婚をした場合は、配偶者なども関わってくるので、関係性が複雑になっていきます。

何か事あるごとにお互いのパートナーに了解を得なければなりませんし、独身の頃のように自分の意思だけで決められることばかりではありません。

家庭を持つことは簡単なことではありませんし、お互いに家庭の事で手一杯になっていても不思議ではありません。

そうなった時に、兄弟であってもなぁなぁでいられない部分が出てきます。

例えば財産分与などのお金が絡む話になるとこれまた複雑化していきます。

お互いがお互いに自分の利益を考えて主張してぶつかり合うことは良くあることで、これまでのご相談の中にも財産分与で揉めているという話はありました。

兄弟の財産をどうするか?となった時に揉めてしまうことの一つに。配偶者の存在があるのでややこしくなっている場合が多いかったのです。

だいたいの場合は当の兄弟はすんなりとお互いの条件に納得するものですが、その妻である配偶者は何かと主張をして、話をややこしくしているということがあります。

財産を相続する当の兄弟は納得できても、周りにいる配偶者が納得しないケースが多いのです。

これは「俺たち兄弟の問題だから」と亭主関白っぷりを発揮すれば治る問題かもしれませんが、現実は一筋縄ではいきません。

兄弟同士がどんなに仲がよく聞き分けがよかったとしても、配偶者はそうはいきません。現実的にいつか財産分与を決める日がくるのであれば、その日が来る前にしっかりと決めておかなければなりません。

お金のことは、兄弟だからとなぁなぁになっていてはいけない部分だと思います。こんな事で関係にヒビが入るのも悲しいことですので、そうならないように事前に決め事をしておくべきかもしれません。

無理に財産を手にしても負を背負うだけです

先ほどから言っております財産分与の話ですが、中には「財産分与で有利に立ちたいから親の介護をしてきた。それなのに…」と思うように事が運ばない方もおられますが、それは打算的な考えで行ったことへの因果応報です。

打算的な考えで行ったことで良い結果を求めても「そんな考えではいけないよ」と高次の存在から教えられることなるのです。打算的ではなく愛情持って行ったことならきっとご褒美をくださると思います。

そもそも親の財産をあてにしていること自体間違えています。そんな考えをしていると「財産をあてにして多額のローンを組んだのに…」とあとあと辛いことになるのです。

兄弟同士の僻みもよく耳にします。「兄は家の頭金を貰ったのに、俺には無い…」とか「姉は立派な挙式をあげてもらったのに私にはしてくれない…」とか、自分は兄弟に比べて愛されていなかったという僻み。

僻んでしまう気持ちもわからなくもないのですが、厳しいことを言えばこれは自己中心的な考えです。

そもそも親のお金は誰のもの?

親のお金は親のものであり子供のものではありません。そのお金を何に使おうが親の勝手なのです。

こうした僻みを持ったまま財産分与の話になると「どうしたら親の財産を手にできるだろうか?」という企みが生まれるのです。

財産分与の時「どうしたら和解できるでしょうか?」と考えるならまだしも「どうしたら独り占めできるだろうか?」と考えるのなら、まだまだ苦労の多い人生が続きそうです。例え財産を手にしても別の苦労を背負うことになります。

このような骨肉争いが起きないように親としては遺言書を残しておくなどするべきではないでしょうか。

自分が亡くなってから子供達が財産分与で揉めている姿など見たくはないですよね。ゆっくり成仏していられません。

そもそもが親のお金をあてにしないことがこうしたトラブルを起こさないために必要です。

財産を放棄しなさいというわけではありませんが、無理に財産を多く取ろうしたりせずに自然に任せておけば負を背負うこともないのです。

家族だからという甘えを捨て変な期待をしないことです。結果それが自立にも繋がりますし変なトラブルに巻き込まれないことになります。

お金があればあるなりの苦労があるということだと思います。