家庭内別居、離婚の危機は依存心から生まれているかも | スピリチュアル専門サイト

家庭内別居、離婚の危機は依存心から生まれているかも

【門次郎のスピリチュアルブログ】

家庭内別居離婚の危機は依存心から生まれているかも

今や離婚は3組みに1組といわれている時代です。まだ離婚をしていないけれども、仮面夫婦や家庭内別居をされているご夫婦も多いのではないでしょうか。

離婚をしない理由として、子供への影響も大きいと思います。子供の進路のことを考えて、離婚をしないご夫婦もあるのではないでしょうか。

確かに、子供のためを思っての家庭内別居かもしれませんが、口を開けば罵声の浴びせ合いをする親の姿を見て、良い影響を与えているかは疑問に残ることろです。

「あなたの為に離婚をしないで我慢をしているのよ」と言えば、子供は「そうまでして我慢してくれなくて良い」というかもしれません。子供は、親のいさかいを見たいはずがありません。

子供を理由に離婚に踏み切れないでいる人の心にある本心は何なのでしょう。

離婚後の不安から踏み切れないでいるのか、まだ結婚生活に未練が残っているのか。

もしも、子供の進路を気にしているなら、籍を入れたまま別居するという方法もあります。

離婚後の不安から離婚に踏み切れないでいるにしろ、結婚生活に未練が残っているにしろ、虚勢を張ったことろで離婚に踏み切れない理由の根底にあるのは依存心ではないでしょうか。

依存心があると、あれこれ相手に求めてしまいます。その想いが強ければ強いほど摩擦が生じて距離ができてしまいます。

依存心があるゆえにできた溝は、結局のところ自分で自分の首を絞めることになります。

そのことを内観せず、とにかく我慢をして何年何十年と家庭内別居や仮面夫婦を続けるご夫婦も珍しくありません。

あれをしてくれない、これをしてくれないと不平不満を言いながらも、経済的に精神的に、誰かにぶら下がって生きるのは矛盾したことでもあります。

不平不満に蓋をして我慢をしている行為自体が、自分に嘘をついていることになります。自分の気持ちを必死にごまかして夫婦を続けていることは、自分に嘘をついていることが因果応報となり幸せになれないのです。

同じお墓に入りたくないと思う反面、相手が突然死んでしまったらどうしよう…と不安を抱えてしまうような方向の定まっていない気持ちでは、疲れてしまうのも無理はありません。

挙句の果てに「もう嫌だと」放棄して、遊び呆け家庭を省みなくなったりする人もいますが、それではなおさら自分の存在価値を下げてしまうことになります。

結婚生活は、どちから片方が頑張ればよいものではありません。共同作業という意識がないことにはうまくいきません。

専業主婦でも専業主夫でも共働きでも、それぞれの家庭で決められたルールで、お互いの役目を果たすから平等な立場でいることができます。それを片方だけに押し付けてはバランスが取れません。

家庭内別居が成立してしまうのは、お互いに共依存の関係にあり、どっちもどっちなのです。

夫婦も波長で引き合った縁ですから、どっちもどっちは当たり前で、直ぐに感情的になり喧嘩になってしまうのはお互いが精神的に幼い証拠です。

どちらかが大人になり、リードしていかないことには堂々巡りが繰り返されるだけです。

狭い家の中で互いに揚げ足取りをしているうちは、まだお互いに理解されたいとか、尊重されたい気持ちが残っているからです。

その気持ちがあるうちは、嫌いと言いながらもまだ修復の余地はあるかもしれません。

本当に修復の余地がない時は、相手に対して「無関心」になります。相手に求めることがないから考える余地なく離婚になります。

もしも相手に認められたいとか、振り向いてほしいとか、理解されたい気持ちがあるなら、意地を捨てて今一度素直に思いやりを持って接してみてはいかがでしょうか。

相手を動かすには、まずは自分からです。