大我と小我を見分ける4つのポイントとは?

2017/07/26スピリチュアル

スピリチュアルでは、愛を表現する時に「大我(タイガ)の愛」と「小我(ショウガ)の愛」に分けられます。

二つの意味は違います。

大我の愛とは何か、小我の愛とは何かを詳しく説明していきたいと思います。

 
 
 

大我と小我を見分けるポイントとは?

大我と小我を見分けるためには、ポイントがあると言われています。

まずは、そのポイントから説明させて頂きます。

大我とは
⑴ 見返りを求めない愛、無償の愛
⑵ 親のような大きな愛
⑶ 感情ではなく理性
⑷ 結果に対して責任が取れること

この四つが、大我の基準とされています。

それぞれの意味を詳しく説明させて頂きます。

大我は見返りを求めない愛、無償の愛

大我とは、見返りを求めない愛や無償の愛、利他愛など、これらが大我の基本とも言えることです。

見返りとは、物質的なことだけではなく、精神的なことも含まれます。見返りを求めずに愛情をかけられる心は、まさに大我の愛と言えるのです。

物質的な見返りとして例えば「バレンタインデーにチョコレートをあげたから、ホワイトデーのお返しを期待しています!」これは見返りを求めていますので、大我ではなく小我になります。

大我とは、あなたにチョコレートを食べてもらえるだけで十分、お返しなどいらないと思うことを言います。

精神的なことで言えば「あなたにこれだけ多くの愛情をかけてきたのだから、あなたも私に愛情をかけて当然でしょ!」と考えるのは小我です。

大我の愛とは、たとえ愛情をかけてもらえなくても、自分は相手に愛情をかけられることを言います。「愛したから愛してほしい…」は小我になります。

こうした見返りを求める愛を小我と言い、求めない愛を大我と言います。

そもそも人間は、小我の塊です。魂は輪廻転生を繰り返し、この世で様々な経験を通じて少しずつ大我に目覚めていきます。

私達が、小我であるのは当然のことですが、少しでも大我に目覚めることが魂の成長になり、それが私達の生まれてきた意味です。

大我は親のような大きな愛

「大我=母性」と言われています。大我を親の愛情だと考えればわかりやすいです。

親の愛には、子供の苦しみを自分の苦しみのように感じられる深い愛情があります。

「子供のためなら死ねる」という言葉を聞いたことがありますが、まさに親の愛です。

自分のことを顧みずに、自身を犠牲にしてまで子供を守ろうする親の愛情は大我です。

また、子供のためを思い、わざと厳しくしたり、嫌われ役を買って出るのも大我です。

嫌われるのが怖いからと甘くなるのは、自分可愛さの小我になります。

それとは逆に、厳しくするのですが、その理由が親としての世間体を気にしてのことなら小我になります。厳しさが本当に子供のためなのかどうかが分かれ目になります。

愛のある厳しさかどうかを見極めましょう。

大我は感情ではなく理性

大我は、理性そのものとされています。

感情そのものが小我ではありません。

人は感情的になりますが、怒りとか悲しみという感情は小我になります。

小我とは利己愛のことを言いますが、わかってもらえなくて腹が立ったり、愛してもらえなくて悲しくなったりするのも、小我です。

大我であれば、わかってもらえなくて腹を立てることもなく、理性的にわかるまで説明するのみです。

例え愛されなくても、相手が幸せなら悲しみません。愛されたい感情は、自分可愛さの小我な感情なのです。

人は、感情に任せた言動をすることで後悔することがたくさんあります。

「あの時もっと冷静になっていれば良かった…」と誰もが思ったことのあることだと思います。

大我とは感情的ではなく、冷静沈着で理性で物事を考えられることを言います。