ボランティアが偽善と言われる理由と、そう思われないために取るべき行動 | スピリチュアルメッセージ/未来を切り開くための気づきがここに…

ボランティアが偽善と言われる理由と、そう思われないために取るべき行動

ボランティアは偽善?真のボランティアとは

ボランティアとは、自らの意志により自主的に社会活動などへ参加し、奉仕活動をする人のことを言います。

ボランティアは、仕事ではありません。やりたくなければ参加をしなければいいのです。

災害などで被災して、混乱した現場で窃盗を働く者がいる中で、積極的にボランティアへ参加し、人の役に立とうとされる方もおられます。あの姿を見ると、世の中捨てたものではないと思います。

しかし、どう考えても善良な行ないのはずのボランティアが、一部の人からは「ボランティアなんて偽善だ!」と言われてしまうことがあります。

そのような発想になってしまうのは、愛に乏しい心の闇があるのだ思います。そういった発想になってしまう人ほど、スピリチュアルを知ってほしいと思います。

ボランティアについて書かせて頂くのですが、どうしてボランティアが偽善と言われるのか、偽善と真のボランティアの違いについてもお話しをさせて頂きます。

真のボランティアと偽善のボランティア

まったく同じボランティアをしていても、真のボランティアと思われるか、偽善のボランティアと思われるかには、明確な違いがあります。

真のボランティアは、ボランティアをしていることを人にひけらかすことはしません。

「私、ボランティアしているんです」と良い人であることをアピールしません。

本当に人のためになりたくてボランティアへ参加をする人は、困っている人がいれば助けるのが当たり前と思っていて、特別なことをしている感覚ではないはずです。

人は、人の見えないところで努力をしている人の頑張りが見えた時に、素直に褒め称えますが、ひけらかす人の頑張りは鼻に付きます。

「私、ボランティアしているんだよ!」と人に言いたくなるのは「良い人に思われたい」「尊敬されたい」といった、自分を良く見せたい気持ちがあるからです。

厳しい言い方をしますと、同じボランティアでも、人のためにというよりは、自分のためにしているとも言えるのです。

そのため、ボランティアをしていることを人にひけらかした時、反応が薄かったらモチベーションが下がったり、早々にやめてしまったり、せっかくのボランティア精神も残念な結果に終わってしまいます。

真のボランティアは、自分の利益を考えないで、困っている人達のために働くことです。

逆に偽善と思われるボランティアは、自分のしていることをひけらかし、自慢をしたり、自分の株を上げたい打算的と言えます。

自分からひけらかすのではなく、やむ終えず人に知られた時には、真のボランティアとして心から尊敬されると思います。

ボランティアが偽善と言われる理由

ボランティアが偽善と言われるのは、上記のような打算的な考えがあることが「ボランティアなんて偽善だ」と言われる原因になっているのではないでしょうか。

また、ボランティアをする人は偽善だと言い切ってしまう人は、それだけご自身が打算的な考えで生きている可能性があります。

収入にならないボランティアをするなどあり得ない、ボランティアをする人は「良い人に思われたいという打算的な考えがあるからだ!」と捉えているかもしれません。

しかし、例え打算的な考えでボランティアへ参加をしたとしても、何もしないで傍観者になるよりは良い決まっています。

どんな動機であれ、人に親切にすることは、いずれは自分に返ってきます。

話の流れからおわかりだと思いますが、ボランティアへ参加をした場合は、決してひけらかしたり自惚れてはいけません。

謙虚な態度で、ボランティアに参加をすることで、人は自然と認めてくれます。

私達は小我なので、すぐに人にひけらかしたくなりますが、そんな自分がいることを忘れずに、自制心を持って参加をして良い種を蒔きましょう。